アンタを満たして

※この話はR18ですがこのサンプルではそれ以外の導入部分をアップしております。(2025.9.13 内容を最新版に修正)
スケベシーン込みのサンプルはpixivへ。

※土地、集落の捏造があります
※モンスターの生態についての捏造があります
※HDリマスター版の土地想定で書かれています
※全部ご都合主義!

 ギャアギャア、とアバロンでは聞いたことのない鳴き声が空を通り過ぎていく。
 サラマットと呼ばれる地で、何もかもが目新しく新鮮な景色を目に映しながらも表情は固い。
「……参ったな」
「全くです」
 ジェラールとヘクターはうんざりとした気持ちを隠さず声に乗せた。
 目の前を阻む二人の顔よりも大きな深緑の葉を手で避けなら前に進む。
 じっとりと肌にまとわりつくような湿気がより一層不快で自然とジェラールの眉間には皺が寄った。きっとヘクターも同じような顔をしているに違いない、と思いながら。
「方角はこっちで合ってるとは思いますがね……」
「そうだね。落ちたのはあちらだったから……陽の方角から見ても間違いはないはず……と言いたいが慣れない土地だ。慎重に進もう」
 はい、と前方のヘクターから肯定が返され、二人はまた現在いる緑深い森の中を歩き続けた。
 今、ここにはジェラールとヘクターの二人しか居ない。
 だが何故このサラマットの緑深い森に二人で取り残されているのかといえば、大量のモンスターの奇襲に遭い仲間たちと分断されてしまったのだ。
 さらに不運は続くもので植物たちに隠されて見落とした急斜面を転がり落ちた。湿気の多い柔らかな土が守ってくれたのか幸いにして怪我はなかったものの、そのまま登るには骨が折れ迂回して元の場所を目指しているのが現在である。
「日が暮れないうちに合流が出来ればいいけれど……」
 ジェラールは空を見上げる。未だ日は高く昼を少し過ぎた頃合いだ。
 少量であれば食料も飲料水も携帯しているが、一日持てば良い方で余裕があるとは言えない。
「まあ、そううまく行くとは思えませんがね」
「あのねヘクター。こういう時は悲観的な意見は言うべきでないと思うのだけど」
「別に悲観してませんよ。事実を言ったまでです」
「たとえそうだとしてもそれを正直に言うべきでない時があるというのが分からない?」
「幻想を言っても無駄でしょう。死にますよ」
「……きみはそういうひとだったね」
「諦めてください」
「分かってるんじゃないか」
「そういうのはアンタがやればいい。オレはオレの思う通りにしますんで」
「きみって損な性格だよね」
「そんなこと言うのアンタだけですよ」
「そうかな? そんなことないと思うのだけど」
「アンタそういう人間だよな」
「真似しないでよ」
「へいへい」
 軽口を叩きながら二人は進む。
 本隊とはぐれてしまった方向を目指し、そのまま道を辿って行った。
 だがジェラールの思考とは結果はうまく結びつかず、結局日は容赦なく傾いていく。
 判断すべき時がやってきたことを二人はしっかりと感じ取った。
「……今日はもう大きく動くべきでないね。ヘクター」
「はい。休める場所を確保しますか」
「そうしよう。まずは水場だね。みんなといる時はあれだけ水の近くにすぐ行けたのに、こっちに落ちてしまってからは行き当たらなかったからな」
「水の音もしませんしね。見つかればいーんですけど」
「とにかく探そう。方角はそのまま固定で、水場か休息場所に出来そうな所を見つけて拠点にしよう」
「はい」
 ジェラールはそうは言いながらも今度こそは楽観的なことは考えなかった。幸いにしてモンスターを寄せ付けない結界石を持っていたことで一晩の安寧は約束されている。
 だが使ってしまえば無くなる一夜限りのものであり、今日越せたとしても明日に合流出来るかは分からず、またそれがいつまで続くのかも不透明だ。
 だからこそまだ余裕を持てる早い段階で水場や休息場所の確保をしたかった。
 日はどんどんと傾いて行く。
 だが、ジェラールとヘクターは天に見放されてはいなかったようだ。
「ジェラール様、あれ見えますか」
 目的を変えて歩き出してから半刻ほど経った時、ヘクターが前方を指差した。
 彼の指先が示した場所には、明らかな人工物のシルエット。
「ああ、見える。猟師小屋か何かだろうか」
「行きましょう」
 近づくにつれて見つけた人工物がどんどんと像を結ぶ。
 苔むしている部分もあるが、しっかと建っている木造の小屋が見つかった。
 戸を叩くが反応は無く、鍵もかかっておらず中を確認したところ物置きのようで狩りで使うだろう道具が置かれていた。
「錆びているな。それにあまり使われているような形跡は無いようだし」
 中に入って状態を確認しながら、ジェラールはぐるりと首を巡らせた。
 大の男が二人入ってしまえば多少窮屈には感じるが、隣り合って横になる分には問題ない。
 丸太を継ぎ合わせ作られているその小屋は全体的に四角で構成されていて、藁で織った筵が床部分を覆っていた。
「まあ人の出入りは長い間無いでしょうね。扉を開けられたのも随分久しぶりなんじゃないですか、黴臭いですしね」
「これは黴の匂いか。なるほど」
「帝都育ちには上等過ぎる場所ですかね、陛下?」
「嫌味かヘクター。遠征が多くなったんだ、皇子の時と違ってそこまで世間知らずではない」
 早速ジェラールは床に敷かれた筵を手に取って巻き取ると外に出て叩く。
 先ほどヘクターには〝帝都育ち〟と揶揄されたが、それはその通りなのだ。
 汚れで固まった床にそのまま横になれるほど、ジェラールはまだ図太くは無かった。
 だが世間知らずではないという言の通り、自らの手で掃除をするくらいは出来る。
 ぶわ、と宙に舞った埃や小さなゴミが土に落ちていく。あまりの多さにそれはジェラールの喉と目を痛めつけて咳を起こしたけれど。
 その様子にヘクターは大笑いし、ジェラールは「笑っていないで手伝ってよ!」と声を張り上げた。
 
 

 ◇ ◇ ◇
 
 
 ジェラールがなんとか横になれる程度に小屋を掃除したあと、二人は探索を再開した。
 幸いにしてほど近くに水場を見つける。ほっと息をついたのはきっとジェラールだけでは無いだろう。
 だが気を抜いたのがいけなかったのか。
 異変はジェラールが水場に近づこうとしたその瞬間であった。
「っジェラール様!」
「く、!」
 ヘクターの手によって閃く刃が伸びてきた鞭のようなものを弾く。彼に庇われるようにして後退り距離を取った。
 立ち上る殺気にジェラールも反射で剣を素早く抜く。
 戦闘態勢を取った二人の目の前、キチキチと蔓を巡らせる耳障りな音が場に響く。
 そこに居たのは脈動する不気味な〝白い〟果実を蔓のような触手で覆い浮遊するモンスター。
「あれは……スプリッツァーか?」
 剣を構えながら、ジェラールはモンスターの中心の色合いが普段見る黄色と異なることを不思議に思う。
 何かが引っ掛かる。
 だが悠長に思考をする暇など、今この戦時には無い。
 目にも止まらぬ速さで繰り出される蔓がジェラールを襲う。
 剣で弾き応戦するが思うように通らない。
 それはヘクターも同じで近づくことを許されていなかった。
「っなんっだコイツ!」
 珍しく焦りを見せるヘクターの声に急かされるようにしてジェラールの秀でた頭脳は急速に回る。
 その間ももちろんモンスターは待ってはくれず、伸びてくる蔓を剣の腹で弾き、捕えようとするかのような地を這う蔓を避け防戦を強いられていた。
 その最中(さなか)――ジェラールは引っ掛かっていた〝何か〟に思い当たる。
 引っ掛かっていたものの正体はモンスターの特性。
 普段よく見かけるスプリッツァーは中心部分が黄色だが今目の前にいる個体は白い球体に蔓を絡ませ浮いている。それは即ち〝変異種〟のスプリッツァー。
 〝変異種〟のスプリッツァーが何に使われているのか。
 それに思い当たりジェラールは剣を握ったまま躊躇してしまった。
 だがその躊躇は隙を生む。〝変異種〟のスプリッツァーは鋭く蔓をジェラールに寄越した。
 不気味に淡く明滅し、宙に浮く果実は口にしてはいけないもの。
「あっ!」
「ハッ!」
 ジェラールが躊躇している間に、ヘクターがモンスターとジェラールの間に割り込み垂直に振り下ろした剣の一閃。
 ヘクターが、隙を見逃すはずが無い。
 鮮やかな軌跡のまま真っ二つにされたモンスターは中心からずるりとズレて破裂音を轟かせ爆発した。空中には鮮やかで毒々しい赤紫色をした飛沫が舞い二人を襲う。
「おいアンタなにボーッとしてる死にてえのか!?」
「ヘクター口を塞げ!」
「は?」
 ジェラールは自身の鮮やかな新緑色をした外套を手繰り寄せ己の口元とヘクターの口元を覆い隠そうとする。
「……っゲホッ! なん、だ、これ」
 だがジェラールの手は間に合わずヘクターは正面からモンスターの飛沫を浴びた。
(遅かった!)
 ジェラールは己の口元を隠しながらヘクターの手を取った。
 先ほど見つけた水場へ連れて行こうとする。
「ジェラール様!? なんですか一体!?」
 だがヘクターはジェラールの言うことをきいてくれない。
「早くそれを洗いながせ、毒だ!」
「ックソ、そういうことかよ!」
 素直にジェラールの言葉を理解したヘクターの行動は早く、すぐさまに走り出した足が水場に駆け込む。
 それは小さな池だった。
 だが深さはジェラールの腰ほどあり、身を沈められるだけの広さもある。
 水飛沫を上げて二人で飛び込んで〝変異種〟のスプリッツァーが撒いた飛沫を浴びた箇所を洗い流す。表面上は。
「ヘクター、きみ思い切り吸い込んでいたよね? 体調に変化は?」
「いえ、特に」
「なら良かった……でも時間が経って症状が出ることもある。とにかく一度戻ろう」
 あらかたを洗い流し池を出ると水を含んで重くなった外套をまず絞り水を落とす。
 ジェラールの横で同じよう水から上がったヘクターが自身の外套を外して水を絞り落としている。
「問題ありませんよ、上流の方で水を汲んで一度戻りますけど探索を続けて……ッ」
「ヘクター?」
「……なる、ほどな……ッ」
 ぐらり、と傾いでいく身体をジェラールは目を見開き見送る。すぐに手を伸ばしたが共に地面に倒れることになってしまった。
「っぐ!」
 痛みに呻き、だがすぐ倒れたヘクターを見下ろす。
「ヘクター!」
「っは、く、そ……ッ、ぐ、」
 どんどんと乱れていく呼吸、よほどのことでは無い限りこの男の弱った姿など見たことがない。どんなに深く傷を負っていても「痛くねェ」と虚勢を張るような男が。
「やはり原液は強過ぎるのか……!」
 ジェラールの脳内には知識がぐるぐると回る。
 ――〝変異種〟の白い本体を持つスプリッツァーの体液は、いわゆる媚薬を生成するために使用する素材として扱われる。
 原液は成分が強すぎるため他の素材とほんの少量混ぜ合わせ使用するものであり、それでも十分な効果があるものなのだ。その原液を飛沫とはいえ吸い込んでしまったヘクターの状態は危険だ。
「ヘクター! 水を飲め、そして吐き出せ!」
 ジェラールは必死にヘクターに水を飲ませては吐き出させた。
 何もかもが無我夢中で、何をどうやって行ったのかはっきりとは覚えていない。
 それでも日が落ち切る前に拠点としている小屋に戻り、水に濡れた鎧と衣服を剥がし、筵の上に横たえさせてなるべく暖を取れるようあるだけの筵をヘクターに巻き付かせる。それでも平均よりも大きな体躯を持つこの男を包むには足りず、自生している大きな葉をいくつも採取し被せた。葉はジェラールの上半身ほどの大きさがあったため、ある程度は役に立った。
 鎧も、下に身に付けていた衣服も、スプリッツァーの体液を流すために池に入ったためにずぶ濡れで、乾かそうとはしているがすぐは望めないだろう。
 幸い小屋の中には火を起こせる場所があったために凍えるような寒さは無いが、日が落ちたあとの夜特有の空気は素肌を冷えさせる。
 ジェラールはここで躊躇なく結界石を使った。一人ではヘクターを守りきれないし、何も対策の無いまま夜を越すにはこの地は優しくない。
 だが外から絶え間なく聞こえてくる野生生物の鳴き声や近くを移動する葉音、モンスターの唸り声は十分に危機を覚えさせる。むやみやたらに声を上げればすぐそこに迫ってくるだろう危機感があった。
 ジェラールは外を向いていた視線をすぐ下に戻す。
「ヘクター……ああ、どうして……私は……!」
 ぐ、とジェラールは己の拳を痛いほど握りしめた。
 後悔ばかりが襲い来る。
 目の前で未だ苦しそうにしているヘクターに、ジェラールは何も出来ないでいる。
「ぐ、ぅあ……っ、く、」
 震えが目立ってきた。肌に触れるとひやりと冷たい。それはジェラールも同じだったが、状況が状況だ。肌を触れさせていた方がいいのかもしれない、とジェラールは戸惑いなくヘクターと素肌を合わせる。
 こうして肌を合わせることは初めてではない。幾度もあった。今となっては数えきれぬほど。
 今は情を交わした夜とは違うが、身体を冷やすのは良く無い。
 だからジェラールはヘクターを温めようと彼を包む筵の中に入り込み全身を使った。
「あ……」
 身体を密着させた刹那、ジェラールは彼の中心が天を向いていることに気づく。そこは熱を持ち苦しそうにしている。
 先ほどまでは隠れて気づかなかったが、原液はそういった反応をやはり引き起こしていた。
 かっと上った羞恥心がジェラールの頬を染める。
 ヘクターと共に過ごした夜を思い出してしまうには十分で、けれどジェラールはゆるく頭(かぶり)を横に振って思考を追い出す。
(今はそういった行為をするときではない。相手は状態異常で苦しんでいるのだ、とにかく肌を温めることを優先して……)
「え?」
 ぐ、と引き寄せられたことにジェラールはすぐに反応出来なかった。
 正面から抱きしめていたはずの体温が今は背中にある。
 背中にのしかかる重みはひと一人分。
 耐えきれずジェラールの身体は床に押しつぶされるよう留め置かれた。
 耳元にはまるで発情期の獣のような吐息が吹き掛かる。
「あ……え……?」
 ど、ど、と心臓が徐々に早まっていく。
「フ――……ッ、フ――……ッ!」
 まさか、そんな。
 ジェラールは想像したものを振り払いたかった。
 だが背中の体温はジェラールの肌を弄(まさぐ)り下へ下へと伸びていく。
「っヘクター!」
 咄嗟に名前を呼んだ。
 だが無駄だった。

続く

じゅうぶんおとな。