この命をやるものか

【概要】
ぽんすけさん以下略。
こちらの絵( https://poipiku.com/2725584/7699357.html )を見て書いてしまいました。


「ッ、くそ、がっ!」
やり場のない怒りと情けなさがヘクターの剣を鈍らせる。それでも何度も魔物を屠った腕は肉を切り骨を断ち迫り来る脅威の命を刈り取っていく。
ボダリと鈍い音と共に土の一部となった魔物の残骸は、しかしたったの一体に過ぎず。未だ目を光らせヘクターと、そして彼の腕の中で瞼を閉じているジェラールへと、鋭い視線がぐるりと何対も取り囲んでいた。
未だ、ジェラールは目を覚さない。目立った外傷は無いものの、ヘクターが駆けつけた時にはその身に魔物の爪が迫っていた。間一髪助け出したは良いものの、それまでに命に関わる傷を負っていないか、確認をする暇すらなくこの逃避行は始まってしまった。
ヘクターは舌打ちをして剣の握りを一段強める。それでもジェラールを抱いた腕は優しいままだった。
敗走の色濃い戦場を、ひと一人守りながらの撤退はどう考えても無理があった。
迫る斬撃になんとか身を捩り躱す。
火事場の馬鹿力とでも言うのか、大の男を抱えながら走ることを可能にしていた。柔な鍛え方をしているわけではないが、それだって気を失っている人間を、それも重い甲冑に包まれた男を抱えて移動するには骨が折れる。
あるいはジェラールを置き去りに、ヘクター一人で切り抜けるならば命を拾える確率はぐんと上がるだろう。
だがヘクターはそのようなこと、爪のほんの先すらも考えない。
彼の命はジェラールのためにある。ジェラールの存在が変わらず在ることがヘクターの生きる意味だ。
——己の命も、腕の中に守った命も、くれてやる義理はないし奪わせもしない。
「……叩っ斬ってやる」
蒼の獅子は低く唸り、いっそ美々しい笑みを口に刻む。
手負の獣は始末に負えない。
その命をもってして、魔物たちはそれを証明する。刈り取られた命の分だけ、ヘクターは、ジェラールは、生に近づく。

時は夜半。
日がとっぷりと落ち月が山の稜線を照らす頃。
肩を抱き重なる二人分のシルエットが、同じようにその輪郭を月が照らしている。
その姿を認めた仲間たちが駆け寄っていく。
今日も、二人は生き残った。

じゅうぶんおとな。