一年前の今頃に書いていてメモに埋もれてたもの。に、足りない部分を継ぎ足して再構成してみました。そしたらあんまりひとくちじゃない長さになった。(いつもの)
たまたま発掘して読んでみたら「えっ好きだが……?」となったのでちゃんとお話としてまとめて書きました。
推敲してないので変なとこあったらすみません。そのうち直すかもしれないし直さないかもしれません。
落書きと思って読んで下さい。
最近手練れの受けを主に書いていたので初心な反応をしてくれるジェラール様に新鮮味を感じる。愛おしいですね。
ひとくち話もずいぶんと久しぶりです。またもっと気軽にさらっとしたものを書いてアップしたいなあと思ってはいます。思っては。
「陛下が近いうちにお帰りになられるようだぞ!」
ヘクターの耳にその言葉は飛び込んできた。
兵士の詰め所で控えている今、その知らせは幸いと言うほか無いだろう。
表情を変えず、腕を組んで椅子に腰を下ろしたままの状態で扉の向こうから聞こえてくる兵士たちの声を拾う。
「此度の行幸も長かったものなあ」
「三月は城を空けていたからな。……それで、戦果はどのように?」
「詳細はお帰りになられてからだろうが、武装商船団を配下にしたらしいぞ。今はミラマーに到着なさっているらしい」
「あの武装商船団をか?」
兵士たちはにわかに熱の籠った声で盛り上がる。さすがはジェラール陛下だと、希望に満ちた声で。
「では凱旋されるのはあと三日といったところか」
「久しぶりの陛下の行幸だから周囲が歓迎の嵐で引き留めるのではないか?」
「考えられるな、それは」
楽しげになった声をもって、彼らはまた話を続ける。
ヘクターはもういいか、と傾けていた耳への注意を外しふと正面を見る。
そこにはテーブルに頬杖をついてにやにやとした笑みを隠そうともしないアンドロマケーがヘクターを見ていた。
「……ンだよ」
「別に? 陛下が帰ってくるのは嬉しいねえ」
「そーかよ」
「興味ないフリなんざしなくて良いのに。あいつらのおしゃべりに真剣に耳傾けてるあんたはまあまあ見ものだったよ?」
「趣味悪ィ女だな」
「これ以上ないくらい趣味は良い自負があるね」
「節穴」
「素直じゃないね、全く」
美しく細められた目は完全に楽しんでいる。それが分かるからこそ、ヘクターは面倒になり椅子から立ち上がった。アンドロマケーはそれを視線だけで追う。
「陛下のお迎えにでも行くのかい?」
「馬鹿言え。鍛錬してくるだけだ」
「まだ動かない方がいいんじゃないの? 医官が怒るよ」
「動かねえほうが鈍るだろ」
アンドロマケーはわざとらしくため息をつくが、彼女自身も戦士である。ヘクターの心情をよくよく分かるのだろう。それ以上は何も言わず見送りのために軽く手を振る。
「もう完全復活ってことね」
「遅ぇくらいだ」
言い置いて扉に向かう。
アンドロマケーの言うこともヘクターは分かっているが分かっているだけで納得はしていない。
先の戦で重傷を負ったヘクターが床を払ったのは先週のことである。常人であれば未だに動くことにも苦労が付きまとうだろうがヘクターの鍛え上げられた身体はその枠の中には入らなかった。
それが無ければヘクターがこのアバロンでジェラールを大人しく待つなどあり得なかったが、ついていくだけで足手まといになる状況ではヘクターとてそれをのむしか無かった。
見送るつもりでいたが傷ついた身体ではそれも満足に出来ず、ジェラールの出立を知ったのは床の中であった。
満足に動くことのできないままに、報せだけは届く。聞こうと思わずとも見舞いにくるアンドロマケーから、扉の外で話す兵士たちの申し送りから、はたまたメイドたちの噂話から。
「ジェラール陛下はミラマーを出立したってさ」
「今頃は海の上だろうか」
「新しい町での問題を解決したそうだ」
「隊の損傷は……」
「追加で兵士が送られたようだ」
「傷病兵の一部が帰還したらしい」
「ねえ! モーベルムという町のお菓子頂いた? 陛下が今その町にいらっしゃるようなのだけど」
「武装商戦団とやりあったらしいぞ」
「陛下は無事か?」
「親衛隊の一人が戦線離脱したらしい」
「第一報で勝ったと!」
「そろそろ一度帰還なさるという話が出ているね」
耳に届く報せにヘクターは呻く。この身が動かないことを恨めしく思うが言うことをきかない。
不自由さに歯噛みする。
今は触れられぬ思い出す体温を――知らぬ間に、知らぬ場所で、失うこともある可能性についてを考える時間だけは長くあった。
良い報せのみが伝わっているからと言ってそれが真実であるかどうかは分からない。
ヘクター自身が己の目で確かめなければ……伝え聞いたことだけで安堵は出来ない。
触れるだけで安堵するものがあることを、今のヘクターは知っている。
先ほど詰所を出る前、アンドロマケーに「迎えに行かぬ」と言ったがその考えを覆しこれからミラマーに行ってしまえばいい、と考えつく。
鍛錬場に向かっていた足を止めた。
空を見上げれば未だ日は高い。隊を引き連れている関係から通ってくる道の予測は付きやすく入れ違いになることもほぼ無いだろう。
今は城の守りを任されているとはいえ元々負傷していたからこそ止め置かれたヘクターには従うべき命令も無い。
踵を返し兵舎へ向かう。最低限の準備は必要だ。
兵舎は城とは別棟になっているため少々の距離がある。その上今ヘクターがいる城の中心部からはぐるりと迂回して行かなければならない。
本来の道であれば。
だが兵士のほとんどは知っている抜け道がある。面倒な迂回をせず少々の獣道を通る必要は出てくるが格段に早く着ける道だ。
鈍った身体をほぐすにも適度な運動になるだろう。
猫のようにするりと塀と塀の間をすり抜けて、石畳に舗装されていない土の上を早足で歩く。
城の中央、開けた場所から一本外へ出たその道は基本的に木に覆われている。張り出した枝を手で避けながら進みまた塀と塀をすり抜けようとして気配に気付く。
十分反応出来る速度でヘクターを引きずり込もうとする手を、返り討ちにしようとして一旦狩り取る動作をするが見えた姿に狼狽して手をと不自然な位置で止めた。
「ジェラールさ、」
「静かに!」
拙く両手に口を塞がれ、背後で誰かが来る声がして慌ててジェラールが居た隙間にヘクターを軟弱に引きずり込む。今度はおとなしく引っ張られてやるヘクターは、塀の隙間、影の中に深緑の瞳を見下ろした。
今まさに、ヘクターが迎えに行こうとしていた人物は何故かアバロンにいる。つい疑問が口を突く。
「どうしたんです、急に」
「きみに会いたくて」
「は」
そんな愛のささやきが来るなんて思わずヘクターは間抜けな顔をする。
「寂しくて」
俯いたジェラールの言葉は続く。
「きみの顔がみたくて」
手を握られ。
「先に来てしまった」
ヘクターはその手を握り返した。
「そうしたらきみがいたから……つい」
眉をハの字にしてはにかむジェラールの表情は幼なげにヘクターに映る。
「驚かせてみたかったんだ、きみを」
「それで兵舎に行こうとここへ?」
「そうだ。……あの、ヘクター。身体はもういいのか? 報告では聞いていたのだけど……自分で見るまではどうしても……」
「オレを誰だと思ってんですか。死んでも死にませんよ、あんたを遺して」
嬉しそうに笑むジェラールは安堵しているようにも思える。素直に吐露された言葉はヘクターにも全く覚えがあった。
「私がいて驚いた?」
「そりゃあね。さっき近々戻ってくるって話してたのを耳にしたくらいですよ」
「本隊はまだここまで来ていないんだ。ジェイムズにちょっと無理を言った」
「ジェラール様もそんなこと言えるようになりましたか」
「きみのせいだ」
「そりゃ光栄ですね」
「だから、その」
「どうかしました?」
「あの……い、や。うん。あー、その」
「歯切れ悪いですね。お帰りの口づけをご所望で?」
軽口のつもりで、むしろ怒ると思って言ったが、ジェラールはかっと顔を赤くして黙ってしまった。
「……します?」
「っきみは情緒がないな」
「オレにンなモン求めないでくださいよ。柄じゃない」
かすめとるように口づけをするとジェラールが目を丸める。
「ご無事のお戻りをお待ちしておりました」
ヘクターの本心だった。自分のいない場所でこの人がいなくならなくてよかった。
二度とこのような目に合わないために今後一層無様な姿をさらすまいと苦々しく思う。
「ヘクター」
たった一度の軽い触れ合いが互いの何かを起こした。
ジェラールの呼ぶ声が普段皆の前で呼ぶときの声とは明確に違う。
――それは彼がシーツの海で彼を呼ぶときの声だ。
この数か月、奥底にしまい込んでいたものが静かに暴れ始め顔をのぞかせる。
手が伸びる。
それは徐々に渦巻くような濁流へ変化するまでそれほど時間が掛からなかった。
隙間すら惜しいとでも言うように伸ばした片手は背に、もう片手は狙いすますようジェラールの顎を取ったヘクターはお構いなしに唇を合わせた。
「んっ!」
零れてしまったジェラールの声ごと沈み込むように押し付け、やや乱暴に舌を差し込む。普段であれば文句の一つも飛んできそうな交わりだったが、待っていたかのようにジェラールも舌を絡ませすぐ口づけは濃密になった。
「ん、へ、へく、――~~っ!」
「――ジェラール、さま、ッはぁ」
瞬きの間すらも互いが目に映らないときが惜しいとでも言うように、二人は見つめあいながら舌を伸ばす。
熱い舌をみだらな音をさせて交わらせることに恍惚とし、ジェラールの眦はとろとろにとろかされ下がっていく。
「っはぁ、ぅん、ん、ま、ってぇ」
「待たねえ、っ」
「っふ、うぅっ」
互いに必死に舌を押し付け絡ませ、唇の端からこぼれる唾液すらも零さぬように舐め辿る。
そのまま首を辿って薄く吸いつけば、ジェラールの口からは艶やかに声が落ちる。
「――ぁあっ」
それはヘクターの耳を甘く揺らし男の本能を煽った。
わざと音をさせ、しかし痕を付けないように鎖骨に口づけたあと、視線を合わせるように普段見下ろしているジェラールを見上げると、物足りなさそうに見え、そして物足りないのはヘクターも同じで、また口付けをしようと顔を寄せるとジェラールの手がそれを阻んだ。
「……なんです」
不満を出して呟く。その間にもヘクターはジェラールの唇を阻む彼の手のひらに唇をよせ指の股を舐め上げる。すっかり官能的に仕上がっているジェラールの腰は揺れた。気をよくして抱き寄せるがまた唇は阻まれる。
「ジェラール様」
「ねえ」
手のひらで口元をやわく押さえられながらジェラールは問う。
「ヘクターは……ヘクターも、寂しいと感じてくれていた?」
素直に言葉で答えるには憚られる問いかけをされて口をつぐんだ。
元来こういったときにどう答えるのが正解なのか、いやそもそもが背筋が寒くなるようなことを言えそうにもない。まあそれが答えなのだが。
「……まあ」
「そうか」
たったの一言、それもかなり曖昧な相槌のようなものでも、ジェラールは声を跳ねさせ喜んでいる、ことをヘクターに知らせてくる。
口で答えるのは得意ではないが、まあ、伝える方法はそれだけではなかったな、とヘクターは思い直す。
「ジェラール様」
「うん?」
幼子のように首をかしげて色事など何も知らない、と言われれば信じてしまいそうなほど無垢な様子にヘクターは妙にいたたまれない思いを抱く。それは今に限ったことではなく、これまでも似たような物だが。
しかしヘクターはその目でその無垢が暴かれた様を何度も目にしている。
信じられないほど妖艶に笑み男を飲み込む姿はなかなかにくるものがあることも。
だからこそ手を伸ばす。
何より仕込んだのはヘクターなのだ。
躊躇をさっさと切り裂いて、いつもの調子で行くことにした。
「先ほどの答えを、今夜お教えしても?」
昔に比べれば戦士として皮の厚くなったジェラールの手を、己の比べれば大きな手で取る。
ぴく、とかすかに震えた指にするりと己の指を絡ませて、互い違いにし握りこむ。
見せつける様にその手を口元へ導き、挨拶とは離れた強く押し付けるような口づけをして甘く目を細め視線を流せば、思惑通りに頬を染め上げたジェラールと目が会った。
「あ、の」
肩を抱き寄せほんの少し離れていた距離がまた近くなる。
「先ほどオレに聞いたでしょう? 寂しいと思っていたか、と」
床での声のように小さく耳元で、息を吹き付けながら囁く。
「お教えしますよ、きちんと、ね」
ヘクターはジェラールの返事を聞かず、二の句をつなげないジェラールに雨のように口づけを降らす。
その様子はもはや夜に答えを聞かずとも、ジェラールに雄弁に語っていたけれども、歯止めの効かなくなったヘクターはしばらくそうして久しい体温を愛で続けた。その愛撫はジェラールがこのまま抱かれてしまうのではと焦るほどに熱烈なものだったが、ヘクターを呼ぶ声を区切りにあっさりとジェラールを解放する。
「――では、夜に」
これで仕舞い、と言い聞かせるように額に一つ最後の口づけを落として。
そうして訪れた夜。ヘクターは宣言の通りジェラールに数多の手段を持って答えを聞かせた。
その熱い夜の記憶はヘクターのほかはジェラールが知っている。
了