賢帝ジェラールの肖像

 傭兵隊長と皇帝陛下

「ジェラール様」
「ああ、ヘクター」
「なんだか疲れた顔してますね」
「そうだろうか?」
「今まで肖像画描くってんで突っ立ってだからじゃないですか?」
「まあ慣れればそんなこともないよ。立っていればいいだけだ。それにね、私は彼に描いてもらうとね、皇帝になれるんだ。それに実物より格好良く描いて貰えるんだから良いことだ」
はあ、とヘクターは気のない返事をした。
「見てくれがそんな大事ですかね」
「君は私のこの顔をどう思う?」
「今そんな話してました?」
「容姿の話をしただろう? それで?」
「ジェラール様はジェラール様でしょう。ああ、でも絵の中のジェラール様と今目の前にいる貴方は違う気がしますが」
ヘクターの言葉にジェラールは上機嫌で笑む。
「ふふ、そうだろうとも。肖像画の私は皇帝だからね」
「――ああ、そういうことですか、広く民に知らせるためにわざとそうなんですね」
「必要なことだよ、それにどれも私であることには変わりはない。そう思えばただ少しの間動くのを我慢して立って彼に見られているだけで済むんだ。素晴らしいことだろう?」
「そういうもんですかね。俺だったら一秒でも早く終わってほしいって思いますけど」
「なら今度描かせてみようか? 傭兵隊長の肖像画を。勇ましく見たものを鼓舞する素晴らしいものになるぞ」
「勘弁してください、じっとしてるのは性に合わないんですよ。ご存知でしょう」
「需要はあると思うのだが」
「誰にです」
「私に」
「……また、ご冗談を」
「おや、本気だが」
「やめてください、ああいうのは陛下の功績を後世に伝えるために描くんでしょう。一介の傭兵が描かれても喜ばれませんって」
「需要はあるんだが……」
「だったら俺は、こういう方がいいですよ」
手渡された安物の紙。
そこには柔らかく笑んだジェラールが精緻に描かれている。
走った線を見て、皇帝陛下は柔らかく眦を下げた。
「――なるほど、そうだね、この絵師に君を描いてもらおうか」
「だからやめてくださいって」
「これはどこで?」
「あー、さっき見かけたやつが描いてて、気に入ったんで貰いました」
「きちんと対価は支払ったのか?」
「そういやただくれって言っただけで……」
「それではだめだろう。どのような容姿だった? 年の頃は? 男性か? 女性か? 王宮ここで会ったのなら聞けば探し出せるな。それで?」
「男でガキで小ぎれいなやつ」
「……後程絵師を呼ぼう」
ジェラールはこれ以上を諦めた様子で視線を手元に戻す。うん、とひとつ頷いて。
「本当に素晴らしい絵だ。この中に私がいるようだよ、そう思わないか、ヘクター」
ほほ笑んだ皇帝の横顔は、その手元に描かれた横顔とひどく似ていた。

さてこののちに呼ばれた宮廷画家……その後ろに控える年若い絵師がヘクターに「あ、こいつです、こいつ」と指さされ、皇帝陛下に直の誉を貰うのは、また別の話である。

じゅうぶんおとな。