年上の男

翌朝寝台に沈んだままのジェラールは納得した。納得してしまった。
ヘクターの我慢は、確かに彼の優しさであったのだと。
「ちゃんと翌日の予定が無い日を選んでた事は褒めますけどね。元々の体力が違うんですから俺だって弁えてたんですよ。それをよくまあ煽って下さって……」
ぶつくさと止め処なく流れていく棘のある言葉とは裏腹に甲斐甲斐しくジェラールを世話するヘクターの表情は読めない。
「聞いてます? ジェラール様」
――だが、少々。いや、結構。
ジェラールの脳内で昨夜のヘクターの顔が浮かぶ。
これまでの夜では見られなかった男の顔、姿。
無遠慮に伸びる手も、止まらなかった交わりも、荒々しい言葉も。
近付いたようで、嬉しかった。
「人のせいばかりにしないでくれ」
「はあ!? 元はといえばあんたが言い出したことでしょうが!」
「だがそう言わなければ君はつまりずっと我慢してたんじゃないか」
「別に俺は不満を持ってなかったんです、我慢ってあんたは言うけどそんなんじゃ」
「君がやっと私の腕の中で甘えてくれたことを嬉しいと思うんだ」
今度こそヘクターの口は開いたまま言葉を零さなかった。
その顔には「何言ってんだこの人」と書いてあるのがジェラールには珍しくよく分かった。
顔を取り繕う余裕が無い程この男が動揺しているのだ。
「そんな顔、私は初めて見た」
喜びが声に滲む。
「私の勝ちだな」
「――ほぉ?」
一段低くなった声でヘクターが言うが、勝利に酔うジェラールはすぐにはそれに気づかない。
「なるほど、あんた懲りてないってわけだ。――じゃあ俺は、今後一切、あんたと共寝する時、遠慮なんかしませんから」
「……ヘクター?」
不穏な雲行きを感じ取るがもう遅い。
「たとえ明日のあんたの予定がなんだろうと、俺はなんも考えませんから。あんたが言い出したことなんだ、責任は取って貰えますよねジェラール様?」
「……いや、だが」
「たとえ俺が誰に何を言われようとジェラール様のご指示ですので、と答えることにしときましょう」
「だが、きみはそんなことを言っても私のことを優先してくれるじゃないか」
「さあ、どうですかね」
「……ヘクター? なんでそんなに棒読みなんだ」
「もう俺は知らないって言いましたからね」
「なんでそんなに怒っている? 待ってくれヘクター? ヘクター! ……冗談、だよね?」
「そうかもしれませんね」
「だからなんで棒読みなんだ!」
つん、とそっぽを向いてしまったヘクターに、ジェラールはため息をつく。
追いついたと思った背中はどうにもやはり、四年分遠いらしい。
「きみの手に転がされている」
ぽつりと言葉を零す。だがその言葉をヘクターは拾った。
「あんた何言ってんですか……転がされるこっちの身にもなれってんだ」
「え?」

じゅうぶんおとな。