帝国私記-獅子の眠る国【4万文字サンプル】

第二章 皇帝の背

  1

風が吹いている。強い風は帝国軍の外套の裾をなびかせ、砂を巻き上がらせ、雲を散らしていく。
澄んだ水色の空の下、切り立った崖の上に到達した帝国軍はソーモンを眼下に見下ろしていた。
そこから見た景色では街は壊されてもおらず寂れた風情もない。
だが事実、ソーモンはモンスターが跋扈ばっこし、家々は固く扉を閉じきり鍵をして息を潜めている。
レオンと共にこのソーモンを一度訪れているジェラールと親衛隊、同行していた兵士たちはそのことを知っている。
「……静かね」
「今はな」
テレーズの呟きにジェイムズが返す。
それから背後を見る。
そこにはアバロンより進軍してきた帝国の兵士たち。
敷き詰められたように均等に並ぶ兵士たちの姿は圧巻の一言に尽きる。
帝国前皇帝の弔い合戦でもあるのだ、その数を揃えるのは当たり前と言えよう。
「……いよいよか」
ベアが盾を持つ手に力を込めて呟く。その顔は覚悟に満ちている。
先頭でソーモンを見下ろしていたジェラールが振り向く。彼の視線の先にはこの戦いへ共に赴く兵士たち、そして傭兵たちがいる。
「この戦いは正義を示す戦いだ」
風の術が、端の端まで皇帝の声を届けた。
「皆、守りたいものはあるか」
皇帝は控える兵士たちを睥睨する。
皇帝を見上げる兵士たちのその双眸は深い炎を湛えている。
「私はこのバレンヌ帝国を守り、そしてその守りをより多くのものへと広めたい。そのためにまずこのソーモンを取り戻し、悪しき者を倒す。……バレンヌ帝国に生き戦うお前たちに、皇帝として願おう。この土地を脅かし、前皇帝レオン、また我が兄ヴィクトールを弑した悪しき者を打ち砕き、倒し、平和をもたらすために私にその力貸してくれ!」
――オオオオ!
大地に轟く兵士たちの声が束になり皇帝のその熱い演説に応える。それはまさしく歴史に刻まれる光景だろう。
兄を父を亡くした若き皇帝が今その手に剣を取り仇をうつために力を貸してくれ、と兵士に語りかけるなど御伽話の中にあるものがそのまま今ヘクターの目の前にあった。
人が変わったようだ、と皇帝の演説をその背中を見て思う。
ヘクターにとっての見覚えあるジェラール第二皇子の姿はそこに無かった。
〝まるでレオンのような〟皇帝がそこに居た。
すらり、腰の剣を抜き太陽に掲げる皇帝は実に眩しい。
士気は今最高潮となり全員の視線はソーモンへ注ぐ。
館に潜む、七英雄の名を騙る悪しき者を打ち砕くために。
「進軍!」
皇帝の声が高らかに響き、空へ掲げられた剣がきらりと太陽をその刃へ反射させ振り下ろされた。その鋒は、ソーモンへと。
戦いの火蓋は今、切って落とされた。

  2

ソーモンの市街地は人の気配は無く、モンスターたちが我が物顔で闊歩している。街へ乗り込んだ帝国軍は前線よりモンスターと接触次第戦闘を開始した。
街の家々は扉を固く閉ざしたまま、息を潜めているようで生きているのか、死んでいるのかも分からない。
それを解放してもらうにも、今はモンスターが犇めいているのだ、まずは討伐が先である。
市街の掃討、救援を担う隊が本隊より離れる。
本隊が目指しているのはソーモンの中心部にある館である。そこにクジンシーが我が物顔で占拠している。
入口を守っていたモンスターを別動隊が抑えている間に正面から侵入を果たす。
とはいえ館の中もモンスターが待ち構えているのは当然のことであった。それはすでに一度、同じ道を通ったジェラールと、ベア、ジェイムズ、テレーズからなる親衛隊は心得ていた。
室内戦は機動が落ちる。必然的に少人数での行軍が最も効率が良く、行く手を阻むモンスターを皇帝と親衛隊で構成された十名の分隊を守るように別の複数分隊が前に出て戦闘、皇帝一行をクジンシーの元へと優先的に進める作戦を取る。
最低限にとどめられてはいるが、少人数での侵攻ではどうしても撃ち漏らしが起こる。
皇帝と言えども後ろで守られているばかりでは決してない。その手にした輝く刃は飾りではなく先を切り開く歴とした武器であった。
迫り来る彷徨う骸骨ボーンヘツドの凶刃に片手で持つ鋼鉄の剣でなんなく受け、流し、返す刀で両断する。バラバラとボーンヘッドの骨が砕け落ち、その様を確認する暇も無くジェラールの足は先へ先へと進む。
その姿の勇ましいことは、ヘクターの中で違和感として降り積もっていく。だが彼は頭を横に振っていいや、と思い直す。
皇帝という立場をジェラールが受け入れそしてこれまでとの振る舞いを変えたのであれば見上げた所のあるものだと思うべきだ。それは今ここで戦う姿からも見れる。戦に出るようになってからも抜けきらなかった甘えが今このジェラールには無い。
だがそのようにすぐ切り替えられるものなのか。今見たものを素直に飲み込むことは容易ではない。年単位で見てきたジェラールという男の姿とはあまりに、あまりに様子が違う。そう、それはまさしく。
――〝まるでレオンのような〟皇帝。
その言葉がまたヘクターの脳裡を過った時、集団で襲い来るモンスターに向かい眩い光の球体が飛び辺りを一陣の風と雷撃の様な光線が飛び交う。
「ライトボール!」
術を放ったのはジェラールだ。
ヘクターの感じた〝まるでレオンのような〟皇帝、ジェラールは戦う姿もまた見覚えのあるものになっていたことに驚くことになる。
「天の術!?」
ライトボールが放った閃光に、モンスターをちょうど切り裂いたヘクターが驚きの声を上げるとその後ろを通り皇帝の後に続くジェイムズがヘクターの様子を鼻で笑う。
「ジェラール様はレオン様の力を受け継いだのだ。今のジェラール様はこれまでのジェラール様と違うぞ」
誇らしげに言うジェイムズに眉間に皺を寄せる。
「力を受け継いだ?」
「ジェラール様がそう仰った」
そう残してジェイムズはヘクターの元をさっさと離れジェラールの斜め後ろへと付き従う。
ヘクターはジェイムズの言った言葉をうまく理解出来ずに居た。
確かに分かりやすく感じ取れるほどジェラールはその纏う雰囲気も、戦い方も、これまでとは違う。優しくなよなよとした柔らかさが先の印象が立つ男であったのに、今はなるほど、皇帝として申し分ない振る舞いをしている。付け焼き刃なら上等なものだ。
だが皇位を継承し皇帝として即位したとはいえ、それで得られるものとしてはあまりに異常であると言える。
その答えはすぐには手に入らない。だがヘクターはかの悪しき者、因縁深いクジンシーと相対した時に知ることになる。

その場所が近づくにつれ、ジェラールと親衛隊の顔が強張っていく。
「行こう、この先の階段を登れば……最上階だ。そこにクジンシーはいる」
そこはレオンが死した場所。
因縁の場所、だった。
「参りましょう」
ベアを先頭に中心をジェラール、その両脇をジェイムズとヘクター、最後尾をテレーズの陣形、インペリアルクロスで進む。
先ほどジェラールが言ったように目の前の階段を登れば最上階。気が緩む要素は何もないが近づく決戦の時を感じ得物を握る各々の手は一段強く握り込まれる。後少しで登り切る、という時に飛びかかる影を見つけてヘクターは残りの階段を駆け上り襲ってきた獣モンスターをたったひと薙ぎで払い去った。
「見事だな」
「それはどーも」
ジェラールの真っ直ぐな賞賛に血糊を払いながら背後を一瞥しただけで答える。ジェイムズがまた何か言っているがヘクターの耳には右から左だ。
それよりも重要なのは目の前に立ち塞がるモンスター、敵である。
「あの扉の先だ!」
ジェイムズが叫び、ヘクターがへえ、と緊張感なく剣を肩に担ぐよう構える。
「道、開けてやるよ」
こちらに気づいた扉の前を守る獄門鳥が顔を顰めさせるような甲高い鳴き声を上げ、朽ちた翼でヘクターへと飛び掛かってくる。
「ハ! 遅ェ!」
斜め右下から振り上げ、一閃。
向かって来ていた二体の獄門鳥が胴で翼ごと切り離され顎を外したような間抜けな顔で床にべしゃりとその骸を晒した。
「準備運動くらいさせろよ」
足蹴にして悪態をついていると呆れ顔のジェイムズにまた突っかかられる。
「隊列を乱すな! 死にたいのか!」
「死なねえよ。安心しろ、道開けただけだ」
「私の話を聞いているのか!?」
「聞いているわけがないだろ」
「真正面から不真面目な返答をするな!」
これを好機と見たか、ギャッギャッとこの世のものではない声を上げ二人に襲いかかる影がある。
二人の名をベアとテレーズが叫ぶが。
「うるせえ」
「五月蝿い!」
二人にしてみれば大変に納得がいかないだろうが、息のあった動きで振るわれた各々の剣が二人の中心から斜め下段へ切り落とされその軌跡に居た悪魔フィーンドは青い肌の巨体と四つ腕をバラバラにされ地に沈む羽目になった。
ヘクターとジェイムズは面白くなさそうに顔を見合わせ、まだ何かを言いたがったが。
「さて、おしゃべりはここまでだね」
ジェラールの声にぐっと言葉を飲み込む。
皇帝とその親衛隊の前には、守りが無くなった扉。
その向こうに居るものを知っている。
「クジンシーを倒す」
静かな声が届いた。遠くで兵士の雄叫びが、モンスターの耳障りな叫びが聞こえる。その中で、静かな、声。
「皆、力を貸してくれ」
「もちろんです」
「必ずや打ち倒しましょう」
「参りましょう」
ジェラールの声に即答が重なる。
親衛隊の言葉に満足げに頷き、ジェラールはヘクターへと視線を移す。
「きみも、その腕を私に貸してくれ」
「言われずとも……見届けますよ、レオン様の敵討を」
ふ、と笑ったジェラールはすぐに視線を前方に戻す。
「行こう」
ベアが扉に手をかける。
開け放たれた、扉の先。
薄暗く息をするにも詰まるような悪しき空気が立ち込める。
目に見えぬ何かが漂い、触れると冷気がそっと肌を撫でる。
その中、この館の主となっているクジンシーが悠然と豪奢な椅子に腰掛けニタリと笑んだ。
「懲りずにまた来たのか。それとも私に恭順する気になったか」
「馬鹿を言え!」
反射的に違を唱えたのはジェイムズであった。
それに同調するよう、帝国軍はそれぞれの武器を手にクジンシーを睨む。
だがクジンシーは降り注ぐ幾多の殺気におお怖い、と戯けて人間たちを鼻で笑う。
「わざわざ死にに来るとはな。随分と愚かだなあ新たな皇帝」
「愚かではないさ。ここで死ぬのはお前だ、クジンシー!」
ジェラールが咆える。走り出す足は加速し誰よりも早くクジンシーにその刃を浴びせる。
嘲りを乗せた笑い声を上げクジンシーが宙を舞う。
「ぬるいなあ、ぬるい。そのような一撃で私がやられるとでも」
「随分とお前はお喋りだなクジンシー」
眩い光がジェラールの手に集まる。
「なっ」
「ライトボール!」
発光する球体が数多ジェラールの手を中心に集まり、弾け、敵へと殺到する。
目を開けられぬ程の光が辺りを照らしクジンシーに降り注ぐ。
「ぐァあ! なにィ!?」
分かりやすく怯んだクジンシーの姿は十分にジェラールたちを勢いづかせる。
「ジェラール様に続け!」
ベアが叫ぶ。
それを合図にクジンシーに猛攻がかかる。剣技は舞い術はその異形へ向かい降り注ぐ。
苦しげな声が上がり確かにクジンシーに攻撃は通っている。各々もその手に手応えを感じている。
だというのに、クジンシーは楽しげに、その異形の身を揺すり、浮かせ、ケタケタ、と笑う。
「調子に乗っていられるのも今だけだぞ、貴様ら!」
「何を馬鹿な! くらえ、切り、落とし!」
ジェイムズの大剣が天を突くよう掲げられ、その剣先がクジンシーの腕を縦に大きく切り裂く。剣筋が空気を揺らしてその軌跡を浮かび上がらせる。
「ははは! 痛いなあ、ひどいことをする」
にやつく表情は己の負けを欠片も考えていないのだろう。
よほどの自信があるのか、小馬鹿にした態度を全く崩さない。
「はは、ハハハハ! もうそろそろ良いか……お前らの絶望がはやく見たくなった」
笑っていた声が潜められ、低く嗄れた言葉が落ちる。異形の指先は尖った爪先を、すう、とジェラールを指し。
キュゥウウウ! 耳につんざく高い音が立つ。その音と伴い指先に朱の光が集まり始める。最初は小さく、だがその光は加速度を増し急激に眩いまでの光を纏う。
「父と兄の後を追え! ソウルスティール!」
ジェラールの周りに朱い光球が漂う。
「あれは……!」
ヘクターにはそれ・・に見覚えがあった。忘れられるものか、それはアバロンでヴィクトールが倒れた時に見た光。忌まわしい、朱の光。
(――またオレは目の前で役立たずのまま終わるのか!)
ヘクターの中に憤怒の叫びがこだまする。戦士フリーファイターが、主をみすみす死なすのか。
走り出していたが遅い。ジェラールの周囲を飛ぶあの朱の光はあの時と同じ、クジンシーめがけて集まり――霧散した。
「ば、馬鹿な、何故……!」
立ち上る煙をジェラールはたった一振りで消し去る。
驚愕に固まるクジンシーの前で、ジェラールは凪いだ目で異形を見ていた。
「無駄だ。その技は父レオンが見切った」
「何を、何を言っている! この技を受けて死んだレオンが見切った!? では何故お前が見切れる! おかしい、おかしいだろう!」
は、としてクジンシーはジェラールを見る。まさか、と信じられない、とその顔を凝視して。
「そんなはずはない、そんなはずは! ソウルスティー……!」
「無駄だと言った!」
二度目の朱い光。
「お前の技は見切ったぞ、クジンシー!」
狼狽え隙が出来たその懐へジェラールは勇敢に潜り込む。
一閃。
ばかな、ばかな、と呟き床に這いつくばる姿は、無様の一言に尽きる。
「私は父からお前の技の見切りを〝継承〟した。それだけではない、私は父の技も術も何もかも、受け継いだのだ。この先たとえお前の技を使うものが現れようと、私は……〝皇帝〟は、ソウルスティールで死することはあり得ない」
その姿を見下ろして、ジェラールは剣をクジンシーへと突きつける。
「兄と父の敵、今取らせてもらう!」
振り下ろされた剣は怪物の命を確実に捉え、驚愕にその目を見開く怪物は切り裂かれた腹から血飛沫を上げ耳を塞ぎたくなる断末魔を上げた。
瞳から光が消え動かなくなった骸を見下ろし、皇帝が剣を鞘にしまう頃、骸はさらさらと風に溶けていく。
だが。
「覚えていろ、オレはまた復活する……その時に、皇帝よ、お前の命、必ず、必ず。このオレが消してくれようぞ……ああまた長く眠るのか、畜生、畜生……」
もう本体を無くしたものが残した言葉は実に奇妙なものだった。
「……いまのは、一体……」
ジェラールが呟くが、クジンシーを討ったその時から劇的に館の濁った空気が晴れ、澄んでいくのを感じ取った兵士たちから歓声が上がる。
それは何よりも分かりやすい討伐の証、敵討ちの成功を物語るもの。
ジェラールは頭を横に振り、考えることを後に回す。
今は、ただ。
「父上、兄上……仇は取りました」
ぎゅっと瞑った両目は呼吸三つ分。
ジェラールが次に瞳を開いた時、彼は皇帝の顔で笑む。
「皆、よくやってくれた」
ジェラールが労いの言葉を紡げば、ベアは感激のあまり涙を堪えられず、テレーズに肩を優しく叩かれている。ジェイムズは感極まったようにジェラールを眺め、それから何かに祈るよう騎士の礼を捧げる。
そしてヘクターには、今この時にあの夜のレオンの声の続きが聞こえた気がした。
『賭けは私の勝ちだな、ヘクター』
ふ、と口から気の抜けた笑いがこぼれていく。
「そうですね、レオン様」
歓喜の渦の中、ヘクターは真っ直ぐにジェラールの元に進む。
周りの人間がぎょっとして、道を開けるがジェイムズは苦い顔でジェラールの前に立ち守るような仕草を見せる。
だがその様子も気にすることなくジェラールの前に立ったヘクターは今度はまっすぐにジェラールと視線を交わらせた。
「ヘクター」
名前を呼ばれた瞬間に、ヘクターは躊躇なく片膝を付き頭を垂れた。
周囲の人間が皆驚きで小さく声を上げたり喉を鳴らしたり目を丸くする中、ジェラールだけはヘクターの差し出された頸に視線を注いでいる。
「これまでの数々の無礼、お詫びします。どのような処分でも受ける心算です。ですがお許し頂けるのであれば、ジェラール様へお仕えすることを望みます」
騒めきが広がる。いまクジンシーを討ち倒し、帝国の皇帝がその力を示した、ここで。まるでその力を見せられたからこそ認めると、そう言った傭兵隊長に、そしてその殊勝な態度に困惑を隠せないものはいない。
ただ一人を除いて。
「顔を上げてくれヘクター。私も、この力に幾度も驚いている。この力は……私だけのものではない。いいや、殆どが父上のお力……それを継承したに過ぎないんだ」
「継承、ですか」
「ああ。全てが私の力ではない、だから」
「そうだとしても」
そこでヘクターはジェラールの言葉を強引に切り、片膝を付けたまま恭順の姿勢で彼を見上げる。
「オレは、この目であのクジンシーを討つジェラール様を見ました。オレの目の前で、あんな戦いを見せられればその力を認めないことはあり得ません。オレは、オレ自身のこの目を信じている。だから今は賭けの事も一切関係なく、ジェラール様への忠誠をいまここに誓います」
今度こそ、ジェラールの息を飲む音がする。
だが逡巡は一瞬。皇帝は鷹揚に笑み、剣をすらりと抜くと、ヘクターの肩へ抜き身の刃を軽く押し当てる。
誓いの儀式の作法である。
「では、きみのその忠誠、預かろう。帝国のため、その腕を頼りにしている」
「……オレが従うのは、ジェラール様、アンタにです。国のためじゃない、アンタに仕えると決めた。それを忘れないでください」
「では、きみに見捨てられないようにしなければね」
「見捨てませんよ」
力強い返答にジェラールは首を傾けて問う。
「そう?」
無邪気な子どものようで、老成した賢人のようでもある。
「アンタが死なない限りは」
「……ありがとう」
感情を掴み切れない表情でジェラールは剣を鞘にしまい、ヘクターを立たせると周囲を見回す。
そして、今度は明るく宣言した。
「さあ、アバロンへ帰ろう」

   †

クジンシーを見事討ち倒し、ソーモンを奪取することに成功したバレンヌ帝国皇帝は、それを足がかりに北バレンヌの制圧を成す。
それはこの先に続く新たな帝国の歴史の幕開けでもあった。

じゅうぶんおとな。