転章 ああ、全く馬鹿らしい
「あの、運河要塞攻略時の前線へ出る隊に志願したというのは本当ですか?」
運河要塞への侵攻が決まり各自が忙しなく仕事を振り分け、振り分けられ、こなす合間。前線へ同行する者の一覧を目にした若い政務官は、それを問わずには居られなかった。
「ああ勿論だ」
問いかけられた生真面目な政務官は当然のことをなぜ聞くのか、という顔で問いかけてきた彼を見る。
「なぜ先輩がわざわざ出向くのです? いつもアバロンに留まっているではないですか」
「今回は私が得た情報が採用されたのだ。知っているだろう? あの要塞近くで見つかった案内人の話だ」
「ああ……確か先発した情報収集の部隊が持ち帰った情報にあったとか」
「そうだ。私は軍略に関することを専門で修めているわけではないが、信頼出来るものにその案内人の道を聞いた。正面の守りは堅いと聞けば、別の手段で内部へ入り込み内側からの瓦解を狙うのはよい手段であると思うのだ。幸いにも軍の方も同じ考えであったから、採用されたにすぎぬが」
「……責任感の強い先輩らしい」
生真面目な政務官は若い政務官の言葉にただ眉尻を下げて笑みを見せる。それからふと視線を外して窓の外を見た。
「だが、なあ。……陛下はこの大事な作戦にもあの傭兵風情を指名した。策のためとはいえな……気に食わん」
「全くです」
思いの外、若い政務官からは気持ちの籠った同調があった。
生真面目な政務官はスッと顔を上げる。
「やはり私だけではないのだな。陛下のあの傭兵に対する重用は度を越していると思うのだ」
慎重に、少しずつ。
「宮殿内にも探せば幾らかはおりましょう。……陛下ご自身はあまり重要視されておられませんが」
若い政務官は悔しげに眉間に皺を寄せている。
――やはり、やはりそうなのだ。彼の方に近い者であればあるほどあの男を邪魔に思うに決まっている。
「そうなのだ! なればこそあの傭兵風情を排除すべきだと思わぬか」
――あの男は、皇帝の横に相応しく無い。
「排除?」
「左様。陛下の近くに置くには不安が多い者であることはこれまでの素行が証明しているだろう。貴公にとってそれもあの傭兵を煩わしく思わせているのではないか?」
「ですが排除とまでは……穏やかではございませんね」
「貴公も言っていただろう? 陛下があの男を重用することを歓迎はしていないだろう?」
「そう、ですね。その点においては私個人はあまりよくないことと思います」
「だろう? では何故……」
「私の個人感情で判断することではない、と考えるからでございます。勿論あの傭兵風情を陛下が重用することは面白くはないです。しかし国にとって益となっている。で、あれば私はその事は評価する。それが国の政務官としての正しい姿ではないでしょうか?」
ぴん、と伸びた背筋は若木が枝を張りのびのびと育つ姿に似ている。彼自身も若木と言って良い年代で、またこれからの将来を輝かしく見ているのだろう。
すうっと生真面目な政務官の目が真横に伸びる。
「……ああ、全く」
そのまま生真面目な政務官は頷いてみせる。
それにあからさまに嬉しそうにした若い政務官にはきっと肯定したように見えたのだろう。
生真面目な政務官はそのまま口元を和らげたまま続く話に相槌を打つが、心の中ではすうっと冷えた感情を暴れさせていた。
――ああ、全く。馬鹿らしい。