そう思ってベア視点のヘクジェラが見た~~~い!!書こう~~~!!と思ったのに
「これはヘクジェラですか?」
「いいえ、ヘクジェラです」
みたいな話になって、これは果たしてヘクジェラなのか、それともベアの話withヘクジェラなのか書いてて分からなくなりましたが、私はベアを書くのが好きなのでこのまま出します。あとジェイムズとテレーズもちょこっといます。あとヴィクトール様の思い出がすこし。
それともはや標準装備ですが過去について捏造ばかりしています。ご了承下さい。
そういった経緯があるため、ひとくち話ではなく単体扱い。でもヘクジェラだと思って書いています……圧倒的矛盾……
楽しんで頂ければ幸いです。
目は口ほどにものを言う、と、いう。
不意に窓の外から騒がしい声がした。
その場にいた全員がつられて視線を窓の外へと向ける。皇帝の護衛として傍らに控えているベアもまた同じであった。
「……どうやら訓練中の兵士たちが諍いを起こしているようで……」
窓の近くにいた衛士が集まった視線に答えを返した。
それを聞いた政務官たちは顔をしかめ、報告に訪れていた武官たちは笑っていた。ベアも同じく、ふ、と笑う。この時期にはよくあることであるからだ。
「……訓練中だというのに何をしているのか」
思わず、といった風情で一人の政務官から声が落ちる。
よくあることではあるが、文官と武官の折り合いは決して良好とは言えない。
全てがそうであるとは言わずとも、「モンスターの一匹も退治出来ぬ柔な存在」と武官が笑えば、「計算ひとつ出来ぬ腕を振るうしかできぬ野蛮なものよ」と文官は笑う。
それぞれの現場でしか実感を伴うことの出来ない部分が多くある互いは基本的にうまくかみ合うことの方が少ない。
ここでもそれの一端が出たまで。
ベアは文官ほどに頭が回るわけではなく、確かに彼らの言う通り腕を振るうことを得意としている。だが、少なくとも互いの苦労を分かっているつもりであるし、また文官はこの時期の訓練が何を指すのか知らないだけなのだ。
それを知ってもらうだけでも場が静まるだろうと口にしようとして……別の武官が「まあまあ」と声を上げた。
「今はまだ春でございますからな、血気盛んな若者が噛みつくのはよくあることでございます」
報告の順番をまつ温厚な武官が、近くにいたからか苦笑交じりにベアの言いたいことを言ってくれた。
そう、この時期に行われる訓練は主に新兵の訓練である。
ここで訓練が許されるものは選抜されたものであり、大なり小なり矜持を胸に刻んでいる。それが成長のために正しく作用すればいいが、それだけではないのが人間という存在である。
「だからといって無用な争いをしている暇があるならばもっと有益なことに使うべきであろう」
「なるほど、力が有り余っているようだね」
そこへまだ言い募った政務官の言葉に重なった言葉は同じように視線を送っていた今上皇帝ジェラールの微笑ましそうな声であった。
「陛下」
「事態は収束しそうか?」
皇帝の直答に窓の近くにいた衛士が「は!」と応える。
「今は歩兵隊隊長殿が中心に立って諍い合っていたものたちを鎮めて……あ」
「どうした?」
「い、いえ。今傭兵隊長殿もそこへ……」
「……、そうか」
では問題ないね、と呟いたジェラールは視線を机上に戻して執務に戻った。窓の外からまた騒がしい声がしていても、気にするものは居たが先ほどのように視線を集めるほどではない。
そこから執務室の中は徐々に普段通りの空気に戻っていく。
実に何気ない、このアバロン宮殿においては特段珍しくもない光景だ。
ベアにとっても見慣れたものであり、これまでも幾度も見てきたもの。
だが今、この時になってベアには〝それ〟がきちんと見えてしまった。
たったの一瞬だ。
ジェラールの穏やかな目が窓の向こうを向いたとき、その目に姿そのものを映していないにも関わらず、まるで存在を感じ取りたいと囁いているように瞳が語る。
そにいるであろう〝誰か〟を見たくて送られた視線であることをつぶさに。
(いいや、まさか)
執務室の中、驚き周囲に取り残されたような心地になったベアは守護対象である皇帝の横顔を傍らから見つめた。
長いまつ毛に縁取られた高貴な目元は涼やかさをいっとき忘れ熱を孕む。
ふうわりと風に煽られた薄布のカーテンが舞った、ほんの、瞬きの間のことだったのだ。
見間違いではないか。
己の勘違いだと言い聞かせる。
そう、思っていたのだが。
(これは……なんと)
ベアが一度気付いてしまったジェラールの視線は、むしろなぜ今まで気付くことが無かったのか不思議なほどに事あるごとに現れた。
ジェラールの目は、たった一人の男をふとした時に追っている。
たとえば報告が終わり去っていく蒼い髪の流れる背を。
それから訓練中の場を通りかかりかの者が振るう剣を持つ腕を。
さらに宮殿の中だけではなく行幸の道行き途中、休息時間に軽口を叩きあうその唇を。
まるでその姿を目に焼き付けたいとでも言うように、その目が……雄弁にベアに語る。
彼の口から出ているのは普段通りの言葉ばかりだ。
間違っても愛を囁くものでも、恋を焦がす熱でもない。
当たり前のことだ、執務の間や戦いのさなかに交わされる言葉がその枠組みから外れることはあり得ない。
ところが、ベアにはその言葉がひとつも聞こえなかったとして、物言わず語られる愛を見ていた。
すなわちそのまっすぐなまなざしを。
ひたむきな思いを。
ふ、とベアは口元を緩めた。
(これはきっと、良い変化なのだ)
これまでの帝国の姿を、ベアは幼少のみぎりから見てきていた。
帝国に仕える父を母を見、育ってきた。
両親の忠誠を買われ、幼いころからこの国の皇子であるヴィクトールに仕えることになり、共に戦い傷つき今なおまだ生きて戦っている。
泣きもした、笑いもした、得たものも多くあるが、反対になくしたものももう両手ですら数えられないほどにある。
それでもベアはまだ帝国にいた。この場所で生き死ぬのが己の定めと決めていた。
その中でジェラールの成長もまた、他の人間に比べれば近しい場所から見ていたと自負している。
「なあベア! あかごがうまれたんだ、わたしのおとうとだ!」
そう、ヴィクトールが得意げに教えてくれた時を覚えている。
「なかなか剣の稽古をつけてやれなくてな」
そう、ヴィクトールが残念がっていた姿を覚えている。
「ねえベア、ぼくが剣をとらないのはおかしなことなの?」
そう、ジェラールが問うてきた時を覚えている。
「父上にも何かお考えがあってのこと。私も帝国の皇子として生まれた責務がある。なんとかがんばるさ」
そう、ジェラールが剣を持った時を覚えている。
「ベア、兄さんを支えてきてくれたきみが、私に従うのを良しとしてくれるか」
そう、ジェラールに問われた時を覚えている。
ベアの周りから数々の人が居なくなっていったように。
ジェラールもまた多くの人を失くした。
その姿を見ていた。
あの時がなくなったわけではない。
だが周囲の人間はどれほどが覚えているだろう。
いま、立派に立ち帝国を率いる皇帝が、かつて兄を父を立て続けに亡くし打ちひしがれていた姿を。
ベアは忘れたことは無かった。
だからこそじっと傍に控えることを選んだ。
ふとした時に、皇帝という生き物から解き放たれる時を持てるようにと、せめて。
だがベアは同時に臣下であることから逃れられなかった。
物心がついたその時から高貴な身の主に仕えてきた人生は、彼に一歩外へ出る方法を知る術を奪っている。
歯痒い思いを抱きながらその位置から離れられない。
人はベアを不器用と呼ぶ。
確かにそうなのだろう。
けれどもだからこそベアは、今出来ることを知っていた。
◇ ◇ ◇
「お前達、今日はもう下がって良いぞ」
扉の閉まった皇帝の私室の前で、皇帝の護衛として付き従っていた兵士二人にベアはそう告げた。
「は、しかし……」
「案ずるな、代わりは呼んである。今日はせっかくの宴なのだから行ってこい」
本日は戦勝を祝っての宴が催されている。
顎で来た道の方向、即ち宴の開かれている兵士詰め所を指した。
二人で顔を見合わせた兵士達は、それでもなお戸惑いを見せている。
「仕方のないものたちだな」
だが、言葉とは裏腹にベアの声音は柔らかい。ぽん、と両の手を目の前の兵士二人の肩へそれぞれ置くと、ずい、と顔を近づけて囁いた。
「これは上官命令だ。私を甲斐性の無い上官にするつもりか? 遠慮せずに行くのが礼儀だ」
にっと笑ったベアに、兵士二人はぽかんとしてからしっかと笑んだ。
「ありがとうございます!」
「ベアさんの分まで飲みます!」
「そうしろ! ……ああ、来たな」
若者二人を送り出そうとした時、ちょうど階段を上ってくる二人分の姿を認めてベアは笑う。
「ジェイムズ、テレーズ」
ベアの呼んだ名前に対し、若い兵士二人は驚いた様子を隠せず振り向く。
「ベア、お招きありがとう。抜け出せて良かったわ」
くすくすと笑いながら片手を軽く振ったテレーズが先導しやってくる。
「華やかな場が苦手だからといって逃げるのは感心しないぞベア」
不機嫌そうな声でジェイムズがテレーズの後ろから姿を現した。
戸惑っている兵士二人にベアは「さっさと行け」と苦笑して送り出す。
ベアの声に押され、ジェイムズとテレーズにやや崩れた敬礼をした若い兵士二人はすれ違うよう階段を降りていく。その背を見送って、ベアは新たにやってきた顔なじみたちと合流する。
「何、皇帝陛下がもう戻られたのだ、あとは許された時間の分だけ下の者たちが楽しむ場としておくのが良いだろう?」
そこまでかしこまった場ではないが、戦勝の祝いなのだから軍の中枢は参加しているし社交の場としての側面も強い。
とはいえそれは宴のはじまりの頃の場合である。今は夜も深まりもう宴も酒が会場中に蔓延する頃合い。
上の者は徐々にいなくなり、あとは騒ぐため発散するための場に移り変わる。
今がその時というわけだ。
一番先にその場を辞したのは皇帝である。
身分の一番上の者がいなくなれば、あとはだんだんと上から順にその場を離れていく。
本来であれば戦場で戦ったものたちを慰労する目的があればさもありなん。
そうして気を利かせてベアは若者達を宴へと送り出したというわけだ。
ただ、それだけではないことをベアは話すつもりがないが。
「陛下はもうお休みに?」
「先ほどお部屋に入られたばかりだからどうであろうな。だが支度を手伝っていた侍従は下がっているからそうかも知れぬ」
「ではこのまま扉の前の警護か」
「そうだ」
「……昔を思い出す」
「そうだな、ジェイムズ」
今はあまりこうして外に立つことが減ったジェイムズがふと呟いた言葉にベアが頷く。
ジェイムズの言う昔はまだ彼が隊長職につくより前のこと、先帝レオンの代の頃だ。
時期皇帝と誰もが疑って居なかった頃のヴィクトールの部屋の扉を守っていた頃のこと。
「うらやましいわ」
高い声が入り込む。
ベアとジェイムズの思い描いている情景には入れなかったテレーズがわざとらしくため息をついた。
「女の子だからっていつも私はお留守番。男の子に生まれたかったと何度も思ったわ」
「それはすまなかったな」
「そんなことを思っても仕方が無いだろう」
「ジェイムズはいつもそう言うわよね。こちらは真剣だったのに」
「お前は女で良かっただろう。〝あいつ〟もそう言うはずだ」
ジェイムズは今も彼がいるかのように語る。この場には昔馴染みの三人しかいない。だからジェイムズも彼を、今は亡き第一皇子を親友として語る。
テレーズが一度視線を下げ、そうね、と呟いてから視線を外す。
彼女が見上げた先は窓、その空。
その場にいる三人の視線は自然に集まる。
「……満月か」
アバロンの有名な月、その美しさを存分に目に訴えかける光景は〝月の名所〟とあだ名される。
「大抵〝あいつ〟が部屋から抜け出すのは満月の夜だったな」
「ジェイムズはそのたびに探してまわっていたわね」
当時を思い出してか、テレーズが楽しげに笑った。先ほどまでの影はもうない。
「いい加減懲りろ、せめて俺を呼べと言っても〝あいつ〟は聞かなかったからな……」
同じようにその頃を思い出したのだろうジェイムズも歯ぎしりをしそうな声で呟く。
もちろんベアも同じくその時のことを思い出している。
三人はほとんど同年代、ベアが最年長だが数年の差では他に比べれば誤差の範囲内だろう。
その同年代の枠に同じく入っているジェイムズの言うところの〝あいつ〟……ヴィクトールの活発さを思い浮かべて、ふ、と笑った。
「ジェラール様が変わりに抜け出しているか?」
ベアがそう言うとジェイムズもテレーズもベアを揃って見つめ、すぐに相好を崩す。
「ベア、珍しく酔っている?」
「いいや、一滴も飲んでいない」
「では何か悪いものでも口にしたか?」
「ジェイムズ、私をなんだと思っているんだ、もうそのような子どもではないぞ」
「誰よりもでかい図体をしていて……このような子どもがいてたまるか」
「それはすまなかったな。さて、軽口もここまでだ」
「そうね」
「全く……」
「宴が催されているからな、気の緩みはつけいる隙と同義だ」
「違いない」
「気を引き締めて警護に当たりましょう」
それぞれの待機場所へ移動し警護の任を務める。
それからは会話はほとんど無く通常通りの警護を続ける。
だがひとつ、本来であれば報告と相談をすべき事柄がすでに起こっていた。
それはベアが守る扉の向こう側のこと。
――部屋が空っぽなことをベアは知っていた。
守るべき人は今ここには居ない。
そしてジェイムズとテレーズは何も言わなかった。
それが答えだ。
いつ気づいたのか、それはベアにはわからないことであったし、わからなくて良いことであった。
〝それ〟が明かされるのかどうか、ベアには分からない。
だがどちらでも良いと思っている。
ベアはいち臣下であり、皇帝を守る帝国重装歩兵、その隊長であるということだけ。
主を守るのが兵士の仕事。
だから今、ベアはベアが出来る守りをしている。
解き放たれる時を得たジェラールの時を、守護しているのだ。
それ以外にベアに出来る事はない。そう知っている。
だけれども、あと一つ願うことがあるとすれば……。
本来であればそのようなことを思うのも立場から言えば不敬にあたるだろう。
だとしても、ただ、ただ。
ひとりの人間として願いたい。
幸あれと。
そう、静かに思うことを。
いま、ただ己の視線に込めて空を見上げる。
見上げた先の窓の向こう、漆黒の空には願いを叶えてくれそうな、見事な満月が浮かんでいた。
部屋を抜け出す道行きを、その月の光が守護しているだろう。