助太郎さんの描かれた漫画「待ち合わせ」と「たまゆらな約束」
上記のすてきな作品を元にノベライズをさせて頂きました。
「書いてもいいですか」と図々しくもおたずねしたところ、快くご許可を頂き、「貧乏性なのでwebで公開してもいいですか」というわがままにもご快諾頂いたため公開する運びとなりました。
さらに意味が分からないことに合計3点の新規絵を賜りました。何それ??????????????????ぜひ、ぜひ、ご覧下さいませ……!!そこだけでもどうか……!スクロールして頂ければ!!はい!!
アイキャッチに入れさせて頂いているもの、ページ途中に挿絵として入れさせて戴いているもの、それぞれございます。
言い尽くしても足りない程にさまざまなものをありがとうございます……!この場でも再度お礼申し上げます……!
なるべく元の作品の雰囲気を壊さぬよう努めましたが、とはいえ書いている私の自我が味付けに滲み出ている仕様となっております。
小説の文体に直した感想のようなものですので、「いち読者がこのように読みました」という内容となっておりますが、お楽しみ頂ければ幸いです。
改めまして各種ご許可を頂き、新規絵まで賜り、そして何よりもすてきな作品をこの世に生み出してくださった感謝を申し上げます。
助太郎さんありがとうございました!!!!!!!!!!
本文は以下よりご覧下さいませ。

待ち合わせ
夜と朝のはざまの空を背に、深い深い緑を従え佇む大樹がある。
間も無くの夜明けを感じ取り、枝の先に灯る果実はその光を朧げにしていく。
ぼんやりと淡く灯る果実はその樹を語るのに無くてはならないものだろう。
――今、この大樹ははじまりの頃の姿から大きく形を変えこの街に根を張っている。
たったひとつだけの光る果実をその身に宿してこの地にやってきて、人々の希望とともに根を下ろした時からいくつもの時代を超えて。
過ごした時の分だけ枝葉を伸ばし、果実を鈴なりに付け、見上げるほどの背丈をもつ大樹は今、成熟を迎えていた。
街の外からでもその姿のてっぺんを拝むほどに成長を遂げた大樹は目印になる。
よく、人々が集う場所としての役割を徐々に徐々に担うようになった。
だからその大樹は、ずっと見てきた。
国の発展を、街の賑々しさを、人々の営みを。
そうして今も、一人、それからもう一人の気配を、大樹はただ、じいっとその場所で感じ取る。
昼と違い今この夜明けの時間は滅多に人間が現れない。
ごくたまに身軽な人間が忍んで来るか、風に乗って翼をもつものがやってきて羽を休めるか、あとはこの場所の管理の者……と限られた者しか見ない。
だが今日この時に石畳を歩むものがいる。いずれも今挙げた者ではない。
その闖入者は物珍しそうに首を巡らせ、景色を眺めながらゆっくりと歩んでいる。だが顔は目深に被った外套の頭巾に隠され鼻先がつんと出ているのみ。
そうしていると、大樹の大振りの枝のひとつに腰かけていたものが身体を起こす気配があった。
身じろぎの後、大樹に向かい歩んでいたものが顔を上げ大樹に視線を合わせた。
ほんの一呼吸の間歩みを止めた地を歩くものは、だがすぐに足を出す。一歩、二歩、歩くが、徐々に、徐々に足は早まっていく。そうして走り出して、身体ごと風を切り顔を覆っていた頭巾をはらりと払って顔をあらわにさせる。ふうわりと豊かな樺色の髪がこぼれて暗い中でもきらりと光る森の色をした宝玉の瞳がまっすぐに前を見る。もう隠す必要がないと語るように。
同時に大樹に腰かけていた者も腰掛けていた枝の表皮を蹴り飛び降りた。翻った生成り色の外套は音を立てずに空を遊ぶ。背に蒼と茶の髪をざらりと流して歩んでいく。まっすぐに、唯一人を目指して。
石畳を駆け寄る者とゆっくりと歩み近づいて行った者はやがてその距離を零にして抱き合った。人目をはばかることなく。
大樹へと伸びる橋の上、昼間であれば人々の往来で賑わうその道でふたりの姿はひとつになって時を埋める様に触れ合い何かを確かめている。
その穏やかさを示すよう、大樹への道を抱くようゆったりと流れる湖面は凪いでいる。いつもと変わらぬ風景のみを映してただそこに世界を水面に映している。
――だが、大樹は見ていた。ふたりの姿を見ていた。
これまでに己の幹の下、同じように約束をし集う人々を見てきた。
たとえば友人同士であったり、たとえば家族であったり、たとえば恋人たちであったり。
この地で会おう、と、約束をして。
この朝も、その約束が果たされた瞬間を大樹は見ていた。
ただ、見ていた。
ざあ、と一陣の風が吹く。その風は石畳を蹴り橋を渡って水面を揺らすと最後に大樹を揺らした。
風に煽られて小鳥が飛び立って行く。一羽、また一羽と空へ。
まるでそれを呼び水にしたかのように空と地の合い間から一瞬のまばゆい晨光がまたたく。
上りゆくその光がゆっくりと大樹を宮殿を街を輪郭から明るく染めて、新しい光で国を包んだ。
共和国の夜明けの日、果たされた約束の末。暁の空を二つ星が駆けてゆく。
靴音を鳴らすことなく空に上がったそのあしあとは――ほうき星となって消えていった。
†††
街はまだ暗く、夜の気配を残している。
所々灯る火が道を照らしている中を男が一人仕事道具をがちゃがちゃと鳴らして歩いて行く。
砂つぶを踏み締める音を立てながら、欠伸を噛み殺した。
日も上らない内から働きに出るのも慣れたとはいえ憂鬱な面も少なくない。
だがこの街はさすが首都であるだけあって、こんな時間でも人の気配がそこここにある。
これから来る朝のための支度の活気を静かに宿していた。
店を開く準備をしている者の商品が入った箱を開ける音、看板を出す音、屋台からは手軽な朝食を売り込む声が通りに響いて人々の話し声がそれを包む。
ふらり、その声に引かれて男も屋台に寄って朝食を買う。元気の有り余った若者が陽気に差し出したパンに肉と葉物を挟んだものを受け取り金を支払うと元の道に戻ってしゃくり、ひと口食む。咀嚼をしながら目的地までの歩みを続けた。まだ道は暗い。
石畳で整えられた道を歩み、歩み、買った朝食もすっかり食べ切った頃、幅も奥行きも広い階段をゆったりと登りながら、見上げるほどの扉、というより門の前に辿り着く。
その場に居たのは顔なじみの兵士で、普段の通り片手を上げる。男よりも年若い兵士は静かにだが同じよう片手を上げた。
二、三、世話話をしてから門を守る彼に開けてもらい仕事場へ入る。
この場所は、〝アバロンの園〟と呼ばれている。
バレンヌ帝国、帝都アバロン――いいや、今もうこの国は共和国となり、帝政は廃止されたのだ。
バレンヌ共和国、首都アバロンと言うのが正しいだろう。
この、今新たに生まれ変わった国のシンボルである大樹を中心としたアバロンの園は、街の人々の憩いの場だ。
男の職業は庭師で、このアバロンの園で庭園の管理を任されていた。
石畳の上を靴音を鳴らして歩く。
昼間は人の多さが目につくが、この時間帯はまだ一般の解放時間ではない。
アバロンの園は解放時間が決まっており、それ以外の時間帯はこの庭師のように決められた者しか入ることが出来ない。そのため今彼が歩む先には人っ子一人いないのだった。
だからこそ何ものにも邪魔されずに大樹の場所まで伸びる橋からの眺めをまっすぐに見ることが出来る。
庭師は顔を上げる。
夜と朝のはざまの空を背に、深い深い緑を従え佇む大樹がある。
間も無くの夜明けを感じ取り、枝の先に灯る果実はその光を朧げにしていく。
ぼんやりと淡く灯る果実はその樹を語るのに無くてはならないものだろう。
――今、この大樹ははじまりの頃の姿から大きく形を変えこの街に根を張っている、らしい。
この樹がこの地にやってきて、人々の希望と共に根を下ろした時はたったのひとつしかあの光る果実を付けていなかった……と、いつか聞いた詩人がそう歌っていた。
いくつもの時代を超えて、過ごした時の分だけ枝葉を伸ばし、果実を鈴なりに付け、見上げるほどの背丈をもつ大樹。
その大樹が、今その背に朝日を浴びて輪郭を光らせ始めた。凛と立つ姿の美しさは限られた者にのみ許された光景。
それは、朝早くから駆り出される仕事の憂鬱を少しだけ軽くしてくれる神秘的な眺めだ。
ほう、と吐息が漏れた時、ざああと一陣の風が男の背から吹き抜けていく。
驚きその風に押されるよう足を一歩踏み出す。視線が地に落ちる、その瞬間。
何者かの、そう、二人分の影を見た。気がした。
一歩では足りずたたらを踏み、だが転ぶことなく体勢を立て直して再度顔を上げた。
頭上で鳥が鳴いている。すう、と鼻を通るのはさわやかな朝の空気と草花の香り。
男の目に映っていたのはいつもと変わらぬアバロンの園の朝の風景。
影など何もない。
いつも通りアバロンの園の大樹はどっしりとその姿を垂直に空へ伸ばし、大樹に向かって伸びる石畳の道、橋は大樹を囲むように厳かに流れる湖面に抱かれながら普段と何も変わらない姿をしている。
いつもと同じ美しい光景を鏡うつしに反転させ湖面に揺らがせて。
男はぱちぱち、と、それらを確認するように眺めつつ瞬きを繰り返した。
それからガシガシと自身の手で頭の裏を掻いて咳払い。
何もないところで転びそうになった自分にほんの少し恥ずかしくなったことを誤魔化したかった。
なんとか気持ちに区切りをつけて、すうと背筋を伸ばす。
仕事を始めなければ。
重たい仕事道具を肩に担ぎ直すとずんずんと大樹に向かって歩き出す。
がちゃがちゃと仕事道具が鳴り、つま先が石畳を蹴る音が大樹をぐるりと回る湖面に響く。
すると庭師の目の前を横切るように、二羽の鳥が羽ばたいていく。
その鳥たちに釣られるよう、男は空を見上げた。
ああ、とただ声が漏れてしまう。
なんという巡り合わせだろうか。
男の目には、星がちょうど落ちていくところが見えた。
何とも珍しく不思議な、ふたつ並んだほうき星が。
