主催さまにてサンプルをアップ頂いておりましたが、もう少し長めのものも「見てくれ〜〜〜〜!!」したいので置いておきます。(本文の半量までは公開OKとのことなので……)
冒頭3ページ分、約2500文字をこのページでお読み頂けます。
素晴らしい方々がご参加されており、そのような中に参加させて頂いたことも光栄ですし、なにより合法的に小さな色々なヘクジェラが拝めるというあまりにもおいしい御本で今から読むのが楽しみです……!
素晴らしいアンソロジーの企画サイトはこちらから!

もう日付的には明日!のイベントにて頒布されます。ご興味ある方はぜひぜひ、と私が言わずとももうご存知かと思いますが……!それでもぜひぜひ……!
当方のサンプルはこのままスクロールくださいませ。
いつもの通り捏造と捏造と捏造で小さいヘクジェラを綴りました!!!!!!!
記憶の中の少年
にげなくちゃ。
暗い道を思い切り走る。けれど大人に比べるとどうしてもちいさい手足は必死に動かしてもちっとも速く走れない。
長い裾の上着はひらひらとしているし、端っこに縫い留められている繊細な刺繍レースはきれいだけれどつま先に引っ掛けてしまいそうで走るには不向きだった。
「っは、はぁ、はぁ……!」
くちびるからは短い息だけが飛び出ていく。
「ガキを探せぇ!」
「何逃してるんだ役立たずが!」
大きな物が地面に叩きつけられるような音がして、びく、とジェラールの肩が揺れる。だけど走るのをやめてはならない。
いつあの大きな怖い声を出している男たちに追いつかれるかわからない。
ジェラールと共にいた護衛のものはジェラールに逃げろと言った。
だからジェラールは逃げている。よく知らない街で、たったひとりで。
どんどんと視界が歪んでいく。泣いている場合ではないのに、勝手に涙は流れていくし、手も足も震えている。どうして立ち止まっていないのか分からないほどだった。
いきがくるしい。
ただ走るということだけに集中して、ジェラールは更に暗い道を闇雲に進んでいった。
今どこを走っているのかわからない。
当たり前だ、ここは慣れ親しんだアバロンの街ではない。
父レオンと兄ヴィクトールと共に視察に来た街で、昨日一度だけ皆で街を……それも明るい大通りをほんの少し歩いたことしかない。
だから今日は昨日見ることの出来なかったたくさんの本が所蔵されている名物の図書館に行くことを許されて飛び上がって喜んだ。
本を読むよりも身体を動かしていた方がいいと言った兄ヴィクトールは伴わなかった。共にいくと言ってくれたが待たせてしまうのだから、と。
ただでさえ知らない街だと言うのに、今ジェラールが必死に走っているような暗い道をアバロンですら歩いたことはなかった。
――暗い道は危険です。行ってはいけませんよ。
うん、わかったよ、とジェラールはちゃんと頷いたのに。
ひゅ、ひゅ、と喉が鳴る。流れる汗は気持ち悪く、勝手に浮かび続ける涙はとても邪魔だ。
それでもジェラールは逃げる。逃げ続ける。いま立ち止まることは出来ない。いつ、背後から追ってくる知らないこわい人に捕まってしまうのか分からないから。
そうして逃げ続けているとずっと変わらなかった石畳が土に変わった。
「え?」
その場所以降、もう道はきちんと舗装されていない。心なしか空気も重たく、変な匂いが鼻をツンとつく。
ふと顔を上げるとあきらかに汚れた人々が行き交う道に差し掛かった。
誰も彼もがジェラールを見る。
まるで化け物を見るかのように。
暗い道のど真ん中、真っ白で、ひと目で上質な布と分かるものをたっぷり使い、繊細なレースの衣服を身につけたジェラールは、明らかにこの場所で異質だった。
「ぁ……!」
たすけて、と声を上げようとして、けれど幼いジェラールでも分かるほどの〝獲物〟を見る目を認めてから、ゆるめていた走る足に力を入れて背を向ける。
手が伸びてくる。いくつも、いくつも、ジェラール目がけて汚れている手が襲ってくる。
理由はまるでわからないけれど、ジェラールを捕まえようとしていることだけはわかった。
「おい、いたぞ!」
追い討ちをかけるように、聞き覚えのある声にジェラールの緊張は一層高まる。ちらと後ろを振り返ると大きな男がジェラールを指さして叫んでいた。
にげなくちゃ。
急いで角を曲がる。だが前を見ていなかったのがよくなかったのだろう。
「ってェ!」
「ゎぷ、!」
思い切り何か……いや、誰かにぶつかりジェラールはぶつかった反動で尻もちをついた。
「おいテメー! 何ぶつかって……」
強制的に座り込んで、ジェラールは息が出来ない。
ごめんなさい、と言いたいのに喉を通り過ぎるのはひゅ、ひゅ、と乾いた空気だけ。
尻もちをついた状態のまま、今ぶつかった人物を見上げることしかできなかった。
「お嬢ちゃ~ん! 逃げても無駄だぞ~!」
「おい早くしろ! 縄持ってきてんだろうな!」
だが聞こえてきた声にジェラールは反応する。あの声の主たちに見つかってはだめだ。立ち上がる。息が苦しくて、心臓はずっと全身が震えているかのように鳴っているしおなかも痛い。けれど、捕まってしまう方がずっと恐ろしい。
「げっ! なんだ、アイツらかよ!」
目の前の少年が背後から迫る大きな男を見ると「サイテーだな!」と叫びながら来た道を戻り始めた。
ジェラールは反射的にその背中を追う。
「なんでついてくるんだよ!」
普段であればジェラールはその言葉で追うのをやめただろう。
けれど走り続けて逃げ続けて、ジェラールは普段の判断能力を持っていなかった。
あるのは本能だけ。
あの男たちから逃げなければ、というたったひとつの目的で走っていた。
ぐんぐんと遠ざかる少年の背中を必死に追う。
ジェラールの兄、ヴィクトールと同じくらいの年の少年は背中に流れる茶色と蒼いボサボサの髪の毛を激しく揺らして走っていく。
炎のようだ、とジェラールは思う。
ジェラールを導く蒼い炎。
どうやって足を動かしたのか分からないが、それでもジェラールはその少年の後を追って彼が隠れた扉の先に、滑り込んで入ることに成功した。
その場に座り込んだジェラールは息も絶え絶えだった。
息を整えるまでに時間を要する。ただ息をするだけなのにとても苦しくて、息をしているのに入っていかないような気がする。
忘れていたのを取り戻すかのように、ぶわ、と汗が吹き出て頬を幾筋も垂れていっては床に落ちた。
「……なんっで着いてきてるんだよ、オメー」
「っ、ひゅ、はっ、はっ、ごめ、なさ、ひゅぅっ、――っ、」
ち、と舌打ちをされてジェラールは身体が訴える悲鳴を早く押し込めようとする。
けれどそんな方法がわからなくて、相変わらずひゅーひゅーと喉は鳴るし汗が止まらない。ちいさく「ごめんなさい」と途切れ途切れに訴えるしか出来ていなかった。
「……オレが虐めてるみてーだからやめろよな」
そう言われてからは「ごめんなさい」と言うのをやめた。
それから一度も少年は何も言わなかった。
この場所にはジェラールの呼吸の音だけがしている。
早く止まってと祈るように息を吸って吐くのを繰り返すけれど思い通りにいかない。
ただそのあとも呼吸だけを続ける。祈りに反して早く止まることは無かった。
続く
(続きはアンソロジーにてご覧くださいませ!)
