アバロンのメイドたち2

忍び逢い

「やあ」
 ノックをした途端ジェラールの目の前の扉が開く。
 片手を上げて挨拶をするが珍しく部屋の主は目を見張っていた。だがそれもひと呼吸のあいだ。
 おや、と勝手に出ていった声ごと引きずられるように部屋に引き寄せられるとすぐに扉が閉められる。そのまま追い詰められ背中を打ち少し痛い。
「アンタ、何やってる。しかもそんな程度で……変装したつもりか?」
 室内に灯りがあるとはいえここには窓が無い。薄暗いなかで手早く閉められる鍵の音を聞きながらジェラールはにっこりと笑い低く唸るヘクターを見上げる。
「案外ばれないものだよ。こうして従僕のお仕着せに身を包んでいれば結構紛れる。あとは髪を結んでいるから私の顔を見なければ誤魔化されてくれるよ」
 高い位置で結んでいた髪を解く。ヘクターの両手は未だジェラールを扉に追い詰めたまま、ジェラールの肩の横で逃すまいと囲んでいる。
 さらりと肩に落ちる髪を見ないまま、ジェラールは見下ろしてくるヘクターの頬を両手で挟んだ。
「不満そうな顔だけれど、来ない方が良かった?」
 ハ、と笑ったヘクターはきちんと答えず、代わりとでも言うようにジェラールの顎を片手で取ると強引に口づけてきた。
「ん! ぅむ……ぁ、はあ……っ」
 ジェラールは逃げずにいる。むしろもっと近づこうと両頬に置いていた手をするんとそのまま相手の背にまわす。
 鎧を脱いでいる今、ヘクターは薄いシャツ一枚。布の向こう側にある逞しい背の筋肉をなぞるように高貴な指先が背を降りていく。
 幾度も離れては重ねる口付けの合間、ヘクターが愉快そうに鼻を鳴らしてジェラールの腰を抱く。
 全身を向かい合わせでひたりと交わらせ隙間なく抱き合う。
 互いの間を行き来する吐息は熱を込めてみだらに空気に溶けていく。
 満足したのか一度強く吸い付いたヘクターの唇が離れていき、置いて行かれたジェラールの舌がはしたなく取り残された。
 肩で息をしながらそのまま胸に頭を預ける。
「……この、まま、ここで……するつもりか?」
 息を整える合間、ヘクターの手がシャツとスラックスの隙間から侵入し素肌をまさぐる。その手に手を重ね問う。やんわりと止めるがヘクターの手は止まることはない。
「抱かれたくて来たんでしょう」
「……きみねえ」
 じとりと眇めた目で見上げる。
「じゃあきみは? 私を……抱きたい?」
「そりゃあね」
「え」
 ぐ、とヘクターの太腿が意思を持ちジェラールの股座に押し付けられ両脚を割り開くように差し込まれる。
「ちょ、――っん!」
「据え膳は遠慮なく食うたちですんで」
「あ、そう……」
「アンタ自分で聞いときながら何言ってんです。はったりでした?」
「きみが、素直に、その……言うから」
「アンタを抱きたいって?」
 ジェラールは口を閉じた。
「今更恥ずかしがってどーすんです。生娘じゃあないでしょう」
「そもそも私は男なのだからその単語はおかしいだろう」
「気にすんのそこかよ」
「っ……ねえ、きみ」
「なんです?」
 ぐぐぐ、とジェラールの脚の間を陣取るヘクターの鍛えられた腿が絶えずジェラールの下肢を執拗に苛む。
「ぁ、こ、れ……ッ!」
これ・・が、なんです?」
 明確な意思を持って上下に擦り上げられる。その摩擦にジェラールは早々に息を乱し始めていた。
 ふ、ふ、と誤魔化せない吐息に唇を噛む。自然と俯き縋るものが目の前の男の身体しかなく縋るように彼の上半身を覆う薄いシャツを握りしめた。
「ジェラール様?」
「……っ、こ、の」
「このままここで盛大に声上げてもらってもいーんですよ? 外のやつらに聞いてもらいます? 皇帝陛下のよがり声」
 その時、扉の向こう側からあまりにも狙い澄ましたようにがやがやと男たちの声が聞こえる。何を喋っているのかは分からないが、今のジェラールに声が聞こえるということはこちらの声も扉を通り抜け外へ聞こえるということ。
 かあ、と顔に熱が集まる。
「オレはやさしーんで、頼まれたら寝台までお連れしますけど? ここよりは声は聞こえないでしょうね?」
 耳元に笑い声。
 わかってやっているのはジェラールにはもちろん伝わっていた。
 ヘクターの言う通りになるのが癪だが、このままここで始められても困る。
 判断は早かった。
「……ここはいやだ」
「それで?」
「寝台に、行ってくれ」
 ヘクターの顔を見れずジェラールは抱きつく。
 くっく、と楽しそうな声が頭上からする。それが答えだろう。
 立ったまま意地悪く苛まれた下肢は一時いっとき解放されたが代わりに腰を抱かれて部屋の奥へ連れられる。
 寝台に上がってしまえば、もう、後戻りが出来ない。――する理由も無かった。
 唇が重なると言葉は消えふたりは口付けに夢中になりそうして寝台に沈んでいく。
 くすんだ白い敷布の上、ほのかに灯る室内術灯のあかりがぼんやりと照らすのは衣服から解き放たれた高貴なる素肌と鍛えられた戦士の身体。
 折り重なるように色もつくりも違う肌が合わさりひとつになる。
 吐息も、触れる肌も、絡め合う舌も唇も、全て熱を持って互いに伝え合う。
 高まっていく身体はどんどんと制御出来ずに暴れて寝台を激しく揺らす。
 そこ・・へ至る間際、のどから迸る嬌声が塞がれた口の内側でくぐもって音をなくした刹那に。
 ぴんと張りつめた白い脚が宙に上がって爪先を伸ばしきって衝動に耐えている。いいや解放と言った方が正しいだろう。
 身体の中心で隙間を無くしたふたりが影をひとつにする。ひたりと肌と肌を付き合わせ体温を分け合って。
 もう動かずにただじっとその温度を確かめていた。
 指を互い違いに重ねた手が敷布に押さえつけられる。
 空いた片手は首にまわりうなじを辿り肩へ下りそのまま腕を滑っていく。
 呼吸が整っていくまでの間、言葉なく指が唇が手のひらが雄弁に語る。
 まだこの温度を確かめていたいと。
 
 幾度かの繋がりのあと寝台から先に出たのはヘクターだった。
 だが大変に不本意なものだ。
 扉が激しく叩かれているのである。寝台に腰掛けたまま片耳を塞ぐ。
「……っるせー」
『お! やっぱりいるじゃねーか! おいヘクター開けろ! 飲むぞ!』
 ヘクターは舌打ちをする。耳のいい奴が来たようだ。室内のつぶやきを拾ってこの場にいることを確信された。
「いかねー、とっとと行け」
『なんだよつれねえなあ! 休みだろ付きあえ!』
「うるせー」
 だがいくら言っても扉を叩くのをやめない来訪者にヘクターはとうとう立ち上がり扉を開け放ち見知った顔の顔面に拳を突き出した。
「――っぶねえな! 何しやがる!」
「うるせーつってんだろ、行かねえって何回言やわかんだよ」
 続いて脚を払うが横に広がった巨躯を持つ来訪者が見た目にそぐわぬ素早さで避ける。
「いちいち攻撃するなおめえ!」
 とうとうヘクターは何も言わずに腹目掛けて蹴りを繰り出す。
「馬鹿野郎! いきなり本気で蹴るな! ああ?」
 相手もヘクターとの付き合いの長さから扱いをわかられている。さっさと扉を閉めようとするが阻まれた。そして首を伸ばしヘクターの背後の――寝台を見たようだ。この兵舎の個室には一人しか住んでいない。だが寝台に扉の方を背にして横たわる姿。簡単な問題だ。誰だってわかるだろう。
 ヘクターはため息をついた。
「おいヘクター、女を連れ込むならせめて夜にしろよ! こっちは仕事で疲れてるっつーのに」
「うるせーな、こっちは休みなんだから知るかよ」
「だから飲みに誘おうとしたらおめーがよろしくやってるから文句言ってんだよ!」
「おめーに関係ねーだろオレが誰と寝ようが。それに行かねーって言ってるだろーが」
「か~~~~っ! そりゃむさ苦しい男と酒を飲むのと! 女と寝床でよろしくやるんじゃ! 女の方がいいに決まってるけどよお!」
「わかったならさっさと行け」
 何かまた言おうとしていたがヘクターは今度こそ気にせず扉を閉めた。
 しばらくはまた扉の前で騒々しくしていたが、望みが薄いとやっと悟ったのか来訪者は扉を叩くのをやめ帰っていった。
 寝台に戻るとヘクターの方へと向き直ったジェラールが、素肌を晒したまま掛布にくるまり見上げていた。
「……飲みに行かないのか?」
「オレに出てって欲しいので?」
「そうは言っていないだろう。でも私はもうすぐ行くよ。だから」
「そーいう気分じゃあないだけですよ」
「……そう?」
 起き上がっているジェラールの横に腰を下ろし引き寄せる。
 ジェラールはされるがままヘクターの腕に収まると妙に優しげに微笑んで柔らかい声でヘクターを呼ぶジェラール。
「ではもう少し、ここにいるよ、ヘクター」
 その顔が気に入らなくて強引に唇を塞ぐが「いいよ」と簡単に許される。
 押し倒しても寝台に背を預け今までヘクターに抱かれていた身を惜しげもなく晒し両手を伸べて「おいで」と言う。
 ――実に面白くない。
 
 
 それから。
 ヘクターの部屋の扉が再び開いたのは、夕方と夜の合間のこと。
 たまたま通りかかった任務終わりの傭兵が疲れた様子の従僕がするりと出てそして宮殿へと続く道に進む後ろ姿を見ただけだ。
 
 
 
 
 了


ヘクジェラにドストレートにイチャイチャしてもらいたくなったのでしてもらいました。
悔い無し。

じゅうぶんおとな。